第206回
「まったく子供じみた話だな。」あきれた坊主はつぶやいた。 「さあ、早く飛び降りてみろ!」聴衆のひとりがせかした。 「いつまでそんなとこにいるつもりなんだ?あんたの祈りはあんたを守ってはくれんのかね?どうなんだ?」 「でもこわいのならこわいってさっさと言えばいいじゃないか。そんなら降りるの手伝ってやってもいいぞ。」 「静かにしてくれ、静かにしてくれ!」うそつきは両腕で大切そうに木の幹にしがみつきながら、叫び返した。「心配しなくてもここから飛び降りるから、どうか静かにしてくれ!」 聴衆からの心無い野次に対して、面目をたもとうとうそつきはやっきになっている様子だったが、うそつきの目は焦点が合わずにうつろにただよっているだけだった。 「もう飛び降りるから、もうすぐにも飛び降りるから、どうか黙っててくれ。」うそつきは聴衆に向かって訴えた。 「あれはどう見てもこわがっているじゃないか。」坊主が心配そうに言った。「大丈夫なのか、あれで?」 「仕方ないよ。」瓜実顔の老婆が答えた。「自分でまいた種だもの。どうなろうと自分の責任だよ。」 「バカなやつだな。」坊主が同情するように言った。「謝って降りてくればいいんだ。」 うそつきは両手を幹にまわしたまま、両目をかたくつむってなにやら祈っている様子だった。しかし下にいる人間まではその祈りの内容は聞こえてこない。ときおり『憐れみを』や『ご慈悲を』という言葉が漏れ聞こえてくるだけだった。そしてこのままの状態で数分が過ぎた。しびれを切らせた聴衆がまた少しずつざわつき始めた。 「早く飛び降りろ!」聴衆のひとりがまた叫びだした。 「いつまで待たせるんだ?」 「黙っててくれ、頼むから黙っててくれ!」うそつきがヒステリックに叫んだ。 「これはどうも駄目そうだな。」坊主が冷やかすように言った。
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木鳥 建欠
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