第49回
それでも誰も窓を開けようとしなかった。皆それぞれ蜜に集まるアリのように窮屈そうに部屋に閉じこもって、自分の順番の来るのを苛立ちとともに待っていた。医務室は三つあり、それぞれのドアは常に開閉し、大急ぎで患者を吸い込んでは追い出している。しかしそれでも待合室にいる人数はいっこうに減らなかった。罵声が飛び交うなか、うそつきは声をひそめて話しつづけた。 「わしはね、詩人さんと知り合いなんだよ、実は。驚いたね。まさかこんな所でまた出くわすなんて。ずいぶんと長い間会わなかったけど、わしはすぐに気付いたよ。廊下で何度か顔をあわせたが向うは気が付いてなかったのかな?声もかけてもらえなかったよ。いや、でもそんなはずはない!きっと気付いたんだけど、知らぬふりをしたんだ!わしは彼の作ったあるグループを知っていて近づいたんだがね、今からあんたに話す神との邂逅の話をしてやったら追い出されたんだ。あの人は、この手の話が大嫌いなんだな。自分では福音を伝えているつもりでいるのに、人がする神様の話しは嫌いなんだ。おそらく性格が潔癖なんだろうね。潔癖な人は常にすべてのものを薄汚いものと決めつけて、うたぐり深い目でみてしまいがちだから。ところで駅長さんは、神はいると思うか?」 駅長は何も応えなかった。かといって、露骨に嫌な顔もしなかった。少し間をおいてから簡単に「知らない」とだけつぶやいた。駅長は息苦しいこの部屋の空気に吐き気がする思いだった。一呼吸ごとに体が弱っていくのが感じられた。 「そうか…。」うそつきは、うつむいて自分の魚の目をいじりながら言った。「じゃあ、わしがこれから言うことも、あまり信じてもらえんだろうな。でもね駅長さん、これだけは言っておくけど、永遠のものは確かにあるんだよ。おそろしいほど昔から、おそろしいほど先の未来をつらぬいてるものがあるんだ。それが人間にとって良いものか悪いものかそれはわからんけど、確実にそれがあって、どういう理由でか我々を支配してるんだ。そしてわしらはそれに対してまったく何もできんくらいちっぽけで、ただただそれに黙って従うだけなんだ。こういうことを信じてもらえないかな?本当にちっぽけなんだよ我々は。ある偉い人が言ってたんだが、そういう永遠のものを証明する力は我々には与えられていないらしい。どんなに頭をひねくってみたって、平行線が交わらないようなこの三次元の空間ではそういう神秘的なものは見れないそうなんだ。証明できないものを信じなきゃならない。だからいっそう我々の信じる力を試されるんだ、と言う人もいる。…けどごくまれに何かのひょうしにこの平行線が交わる場所が我々の日常生活の前にひょっくり現れることがあるんだ。」
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木鳥 建欠
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