第79回
鳥も虫も巣に戻って眠るようなある晴れた静かな午睡の時間、風の音も聞こえてこないその時間に、詩人と掃除婦は静まり返った施設のなかで声をひそめながら話し合っていた。掃除婦は、ある町で暮らしていたとき、暴徒化した若者が洪水のようにその町を荒らし始めたときのことを思い出しながら詩人に尋ねていた。 「…それまでその町で普通に受け入れられていたルールのようなものが、一挙に壊れたような感じでした。それは町の有力者で、いじわるで強欲なじいさんが、貧しい若者を借金で自殺に追いやった事件から始まったんです。それでその若者の友人たちが集まって『この世に正義なんてない』って怒り狂ってしまって、そのいじわるいじいさんを集団で殺してしまったんです。それからこの町の若者たちに『正義はない』というのが合言葉みたいに広まってしまって、『正義がないなら何をやってもいい』ということでたががはずれたみたいに町で好き勝手し始めたんです…。詩人さん、あなたなら『正義はある』と言うだろうけど、この場合なぜ神は、正義はちゃんとあるということをこの若者たちに見せてやらなかったんでしょう?なぜこの若者たちに罪深いことをさせてしまったんです?」 「ああ!神はみせていたはずです。」詩人はその若者たちを嘆くように言った。「その若者たちは不幸にして気づかなかったのでしょう。」 「この場合、この若者たちは神に罰せられるのですか?」 「はい。悔悟しないかぎり、相応の罰を受けるはずです。」 「じゃあ、はっきりと正義の存在をしるせなかった怠慢はどうなるんです?若者たちの道を踏み外すきっかけになったのに?」 「だから、若者たちがすすむべき道は照らされていたはずなのです。彼らはその浅はかさから見ることをしなかった…。」 「でも道をしるすときに、その若者たちの浅はかさは考慮されなかったんですね…。」掃除婦は残念そうに言った。「詩人さんは、この世に真実があると思いますか?」 「あります。」詩人は確信を持って答えた。 「じゃあ、その真実の存在をあたまから否定するひとにどうやってそれを納得するまでみせてやることができますか?」 「深い愛でこの世をながめることを教えます。そうすればきっと見えてくるでしょう!」
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木鳥 建欠
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