第75回
詩人と掃除婦のふたりは、再会してから毎日のように会い、掃除婦の仕事の合間をぬって時間を惜しむようにして語り合った。ふたりは決まって二人だけで会い、誰からもその会話を聞きとられないような場所にいた。だから施設にいる人々は、ふたりがどんな内容の会話をしているのか誰も知らなかったし、ふたりがいつも他人の目から避けているような様子なので、恋をしているのだと噂しあった。実際ふたりも、ふたりのあいだの会話を誰にも教えようとせず、尋ねられてもあいまいにしか答えなかった。 ふたりはいろんな場所でいっしょにいる所を目撃された。屋根裏でネズミの糞を掃除している掃除婦の横にいるのを見られたり、満月の光に照らされた大きな樫の木の下で、寄り添うように座っているのを見られたりしたし、さらにはトイレから一緒に出てくるところも目撃されたりした。当然のごとく、ふたりは深く愛し合っているものと思われた。 「見てみろよ。」白髪の男が、広い芝生の庭の隅に、ふたりだけで座っている詩人と掃除婦を指差して言った。「新婚の夫婦みてえじゃねえか。」 「どうしてあんなにこそこそしてるんだろうね。」瓜実顔をした老婆が言った。「何もあんなに恥ずかしがることないじゃないか。」 「ふたりとも真面目そうな顔してるからね。」右目の下に大きなイボのある女が言った。「人生も終わりに近づいてやっと恋したんじゃないかね。」 「ふん。」瓜実顔は鼻をならした。「ふたりとも恋なんかに縁のなさそうなみじめな顔してるからね。そのてんあたしゃそりゃたくさんの恋をしてきたよ。なにせいっぺんに五人もの男を相手にしたことがあるんだから…。」 「またその話か?初めて聞いたときは三人だったような気がしたけどな。いいかげんなことばかり言いやがる。」 「ウソなもんか!ウソでない証拠にほら、ここ。」瓜実顔の老婆は真っ白にふやけた腹を出した。「このへその横のところ。見てごらんよ。刃物で刺されたようなあとがあるだろう?ここのところ。これはそのとき嫉妬に狂った男が突然そのあたりにあったガラスの破片で、こういうふうに…ここにこう刺してきたのさ。」 「そんなのどうせなんかの手術のあとなんじゃないのか?」 「そんなんじゃないよ。いいかい、あんたらは知らないだろうけどね、腹のここんところは刺されたって別に血は出やしないんだよ。ただ猛烈に痛いだけなのさ。だから助けを呼ぼうにも声が出やしないんだ。そして道端でのたうちまわってるところを偶然通りかかった医者に助けられたんだよ。」 「へ、へ。どうせすべって転んだだけなんだろう?」
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木鳥 建欠
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