第73回
再び詩人が掃除婦と出会ったのはそれから何十年も後のことで、施設の建物の中でのことだった。詩人が施設に運びこまれて来てから数年後のある日、掃除婦として雇われてきた掃除婦と再会した。その日詩人が日課となっている昼の用便のため、明るい花柄のタイルによって舗装され、消毒液と腐った魚の臭いの混じる施設の共同便所に行ったとき、その頃常につまっていた一番奥の便器を掃除している掃除婦がいることに気づいた。その便器は、原因不明のつまりにより常に水をあふれさせており、施設にいた他の掃除婦たちはさじを投げていたのだが、この新しい掃除婦は便器にかがみこむようにして懸命に水を止めようとしていた。その姿に詩人は何か見覚えのあるような気がした。それから数日間、毎日のようにこの痩せた老婆が同じ便器のつまりを直そうとしているのを見ていると、ふとあの『神の家』の裏に流れていた砂の川でたらいを洗っていた掃除婦を思い出した。痩せて黒ずんだ皮膚をしていたが、特徴的な細い目に見覚えがあった。詩人が懐かしさを覚えながら、この目の細い老婆に問いただしたところ、はたしてそれはあの掃除婦だったのである。掃除婦のほうもすぐに詩人のことを思い出した。ふたりが会ったのは古い過去のほんの短い時間だったが、ふたりは再会を喜び合った。そしてお互いが知らない相手の空白の時間を埋めていった。 掃除婦はあの『神の家』が流された砂嵐のあと、家族とともに別の町に移り住み、子供が十五人も住む家や、百六十歳にもなる盲目の老婆の家や、犬や猫ばかりをさばく肉屋などで掃除婦として働き、日銭を稼いで家族を養っていた。やがて母親が死に、弟が家を飛び出して養う家族がいなくなると、砂漠に住む富豪に雇われて住み込みの掃除婦として働いた。四六時中吹きこんでくる砂塵から、砂漠の真ん中に誇らしげに保たれている広い緑の庭を守るのが掃除婦の仕事だった。おそろしく過酷な仕事で、食べる時間や眠る時間を割いて、水をかけて緑の葉の上に積もる砂を払い落としたり、遠くから運びこまれた肥沃な黒い土に黄金色の乾燥した砂が混ざらないよう掃き分けたりしなければならなかった。掃除婦の献身な仕事ぶりによりこの庭の木々や花々は、掃除婦が働いていた間は常に生い茂り一本たりとも枯れることはなかったばかりか、砂漠に迷う人間や動物たちにとってこの緑の庭は遠くからでも道しるべとなったりした。しかし長年のつとめにより体が衰え病気がちになると、この砂漠に住む富豪は追い出すように掃除婦をここの施設の掃除婦として売り飛ばした。詩人が、飛び出していった弟はその後どうなったのかたずねると、掃除婦は「風の噂として聞いたこと」とことわっておいて、政治家となり、今となりの州の知事として強欲な政治をして、たくさんの貧しい人間を泣かせている、と話した。別れてから後、姉のもとには一度も連絡をよこしたことがないという。
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木鳥 建欠
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