第51回
その時、待合室のドアが開いて大きな体を揺すりながら帽子が入ってきた。帽子は顔をしかめ、ため息を何度もつきながら待合室の窓まで行き、まわりに聞こえるくらい大きな声を出しながら窓を開けた。 「ほんとうにどうしようもないね。何回おんなじことを繰り返したら気がすむんだろうね、まったく!」 開け放たれた窓からは雨の音がさらに鮮明になって部屋を満たし、湿った冷気が洪水のように部屋にあふれだした。むせかえるような熱気にのぼせていた住人は、冷水を浴びせられたように、窓から入る空気に身をよじりだした。 「帽子さん、後生だから窓だけは閉めてくれんか?」年老いた男がやっと声を出してうめいた。 「そうだ。お願いだよ。お願いですよ。」老婆がしおれた声で静かに泣き出した。 帽子はそれらに対して毒々しい微笑をたたえるだけで、返事もせずに、むせかえすような空気に弱り果て動けなくなった住人達を両わきに抱えて部屋から引きずりだしにかかった。部屋の空気は冷ややかな冷気にとって変わられたが、雨の音は悪魔の足音のように住人たちを震え上がらせていた。枯れ枝のようにやせた老婆は、細い腕で自分の膝をかたく抱え込んで、連れ去ろうとする帽子に抵抗していた。 「いやだ、いやだ。せめて医者に一目診てもらわせてくれよう。」 部屋から連れ出されなかった残りの住人は、ねばり強く医務室で診察してもらうのを待っていた。 駅長は親指の爪を噛んでいた。そして帽子に連れ出されていく人たちをながめ、雨の音を聞き、うつむいて話しつづけるうそつきを見た。待合室は、帽子が忙しく行き来する以外、医務室へとつづくドアの開閉する音だけが雨の音にまぎれて響いていた。駅長の順番はまだこない。駅長はまた聞こえるように重苦しいため息をついた。窓の外は暗く、夕暮れが訪れていた。
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木鳥 建欠
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