第46回
この建物では昔から、雨が降ると必ず誰か住人が死んだ。雨が死の到来を告げる。死ぬから降るのではなく、降るから死ぬのである。雨は住人を恐怖におとし入れた。雨の日の翌日、住人のうち誰かが必ず死んでいるからだ。雨は有無を言わさず、住人の命を奪い去っていくように思われた。だから雨が降ると住人たちは決まって額を寄せ合い、膝を突き合わせ、声をひそめて不吉な雨がさし示すその相手を探りあった。体が弱りきり動けなくなった住人は、外に雨の音を聞くと、愕然と自分の死期が来たことをさとった。気が弱い住人は雨が降るたびに血の気を失い、自分よりも弱っていそうな相手にその矛先が向かうことを祈り、周りからのなぐさめの言葉を待った。前回雨が降ったのはおよそ6日前、坊主の向かいの部屋の住人が死ぬ前日だった。そのときにもこの建物の中では、群れの中に狼が紛れ込んだかのような混乱が住人の間で起こった。建物の中に緊張がはしり、翌日坊主の向かいの部屋にいる住人が死ぬまで皆羊のように落ち着くことなくさまよい、うめき、悩んだ。そして今日のこの突然の雨も、予告なしのおそろしい迫害者の来訪のように建物の住人をあわてさせた。 午睡の時間を終えた住人達は、外の雨に気付くとあわてて部屋を出て、廊下でかたまり合ってぶつぶつと静かに降りつづける雨について話し合い始めた。彼らは一様に軽い興奮状態にあった。そして次の犠牲者を推測し合い、その犠牲者が自分でないことをひたすら願った。風のない中を降る雨は空から垂直に落ち、緑の芝生の中へと音もなく染み込んでいく。 午睡の後の時間は、入浴と診察の時間にあてられていた。しかし住人達は入浴することも忘れ、少しでも自分の健康状態に自信を持つため、救いを求めるように医務室になだれ込んで行った。 駅長が窓の外の雨を眺め、部屋の外でのあわただしさを聞いていたとき、突然合図もなしに坊主が部屋に入ってきた。特にあわてている様子もなく、毛のない頭を撫でていた。
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木鳥 建欠
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