第44回
ここでまたハエは壁から離れ、駅長の布団の上へと移動した。 「ねえ、どうしました?こういう会話はお嫌いですかね?」ハエは心配するように言った。「それとも体の具合でもわるいんですか?」 「何のためにそんな話を…?」駅長は壁に顔を向けたまま、つぶやいた。 「ふむ、私はいままで人間の不器用さについていろいろと考えてきたのです。まったく融通がきかない生物なんですよ。だってそうじゃないですか。例えばですね、…そう例えば犬が死刑を宣告されたと想像してみてください。いいですか?たとえ世界中の犬を集めて死刑を宣告しても、一匹だって動揺しませんよ。けど人間ならどうでしょう?どう思います?」 駅長は答えなかった。 「この世に存在するどの動物を取ってみたって、野生の象に会いたいなんていう願いは持たないだろうし、景色を見て感動することもないでしょう。人間は言葉を持ってからずいぶんと便利になったようだけど、融通がきかなくなったのも本当でしょう?言葉を話せない人間は感動も感激もしないらしいですよ。別の言い方をすると、言葉があるから感激するし、ある景色を見たいと思うし、それを見てきれいだとか思うんじゃないんですかね?それに極端なひとなら、自分がいま本当に存在してるのか否か、なんて間抜けな質問を投げかけては悩んでいるんですからね!」 ここでハエは突然話すのをふっつりと止めてしまった。あたりは静まり返り、今まで誰かが駅長に話しかけていたことすら疑いたくなるくらい、部屋には何の気配も感じられなくなった。駅長は壁に向けていた顔を慎重に持ち上げ、閉じていた目をゆっくりと開いた。ハエは駅長の方を向いて、すぐ前の布団の上にとまっていた。駅長は急いでまた目を閉じた。 「そんなに恥ずかしがらなくたっていいじゃないですか。私に話しかけられるとそんなに困ったことでもあるんですか?でも、それ、まさしくそれですよ。その不器用さが人間の特徴なんです。あなたは昨夜、3日後の死を宣告されましたね?正直に言ってどうなんです?どういう感想をお持ちですか?」
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木鳥 建欠
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