第21回
うそつきの足は帽子の速度についていく事ができず、引きずられるようにあてがわれた自分の部屋へと向かって行った。駅長と坊主は、二人が側を通り抜けるのを黙って見送った。蛍光灯の灯りの中、帽子はうそつきを自分の腕に抱えるようにし、相手に休む閑をあたえないように歩いて行った。そしてうそつきは引きずられながら、始終なにやら呟いている。 「めんどうなのが向かいに越してきたな。」坊主は言った。「あれじゃあ狐の話をしてやっても無駄のようだ。ひ。ひ。おそらく理解できんだろうし、できたってどうしようもない。」 駅長と坊主は、帽子とうそつきが部屋の中へと入って行くのを確認してからまた歩き出した。二人とも手すりを頼りに、ゆっくりと進んでいく。通り過ぎた玄関では、太陽の音と川の匂いを再現した音楽が、聴くものをなだめるように流れている。そして駅長は、あの呪われた部屋に新しい住人を迎えるたびに感じることを、今回も感じていた。それはいつまでたっても底に着かない不安な落下の感覚と似ていた。 二人が娯楽室に到着すると、そこにはすでに十人くらいの住人が集まっていた。部屋の二隅に設置されたスピーカーに挟まれるようにして、皆それぞれにかたまって床に座している。部屋は建物で一番日当たりがよく、大きな窓からはたくさんの陽光が注がれていた。窓は、まだ温まりきっていない朝の空気を避けるために閉じられていた。そのせいで部屋の中は、熟れすぎた果物のすえた匂いが充満している。その中で、かたまり合って座っていた幾人かが、スピーカーの声を遮るようになにか話し合っていた。 「だいたいわからないって事は、そんなに恥ずかしいことなのかねえ。」瓜のように長い顔をした老婆が、眉間にしわを寄せながら言った。 「そりゃあ恥ずかしいんだろ。恥ずかしいからこそ悩んでるんだよ。」横で股間をかいていた白髪の痩せた男が答えた。 「けどわからないことなんてあって当然じゃないか。」 「あんたみたいに恥知らずなら、どうってことないかもしれないけどね。」白髪の男はにやけながら答えた。 くぐもった、忍び笑いがあたりに起こった。瓜実顔の女はいっそう眉間にたくさんのしわを寄せていきり立った。 「あんたみたいに人前で陰毛をかきむしってる男に恥知らずだなんて言われたかないね。」
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木鳥 建欠
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