第20回
帽子は黙って報告を受け書類を受け取ると、そのまま玄関の奥にある部屋に入っていった。付添い人たちは左右からうそつきの肩に励ますように手をのせると、互いにいたずらを隠すような目配せをし合って、外へと出て行った。うそつきが疲れたようにうつむいていると、廊下の端から頭の禿げ上がった、鼻の横にいぼのある男が、距離を保ちながら思い切って声をかけた。 「おい…、おい!」 下を向いたまま返事をしないうそつきを見ると、いぼのある男は仲間と顔をあわせて、怪訝そうな表情を見せた。そしてもう一度呼びかけてみた。 「おい、そこの!聞こえねえのかあ?あんただよお。おおい!」 この問いかけにうそつきは、あごを引き、上目使いに男の方を見ると、体ごと向けられた視線から逃れるようにそむけた。そして向うを向きながら、ぶつぶつと途切れ途切れになにやら呟いているのが聞こえてきた。この奇怪な行動を目の当たりにした男は、また仲間の方を振り返って、度外れの滑稽に遭遇した者のような驚きを見せて、自分の人差し指をくるくるとこめかみの辺りでまわしてみせた。そしてまた懲りずに話し掛けた。 「おおい、あんたあ。あんたあどろぼうって本当か?」 しかし返事として聞こえてくるのは、切れ切れの意味を解さぬ呟きだけだった。やがて帽子が奥の部屋から出てきて、うそつきの腕を乱暴にとった。 「あんたの部屋はこっちだよ。」帽子は、駅長と坊主が歩いてきた廊下の方を指差した。「足もと気をつけて。」 「…本当さ。盗んでやしない。」うそつきは呟くようにしわがれた声を押し出した。「あれは向うがくれたんだ。盗みじゃあない。」 帽子はかまわずうそつきの腕を引っ張って歩き出した。 「本当なんだ。向うがくれたんだ。」
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木鳥 建欠
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