第197回
「なんだ、」坊主が不満そうに言った。「あんなもの生きてるわけないじゃないか。」 「でも確かに水を飲んで成長しているもんねえ。」眼鏡をかけた小さな老婆が女の子の質問をかばうように答えた。 「でもありゃ石だよ。石は石で石でしかないんだ。」 「でも普通の石と違って大きくなるよ。」 「じゃあ氷のつららも生きてるってことか?」坊主が納得できずに言った。 「なんにしても少なくともやつらは、不幸ではないな。ヘ、へ。」白髪の男がいじわるく笑った。 「でもほんとうに生きてるのなら、何万年も生きなけりゃいけないって、これはこれで不幸じゃないかい?」瓜実顔の老婆が言った。 「バカだな。石なんかに考えることができるわけないじゃないか。知らない間に大きくなってるだけだよ。考えようによったらこんなに幸せなこともないかもしれんな。フ、フ、フ。」 「何にも考えてなかったら、それは生きてることにならないだろ?生きてるなら考えることができるはずだよ。」 「じゃああんたは、」白髪の男がにやりと笑った。「生きてないね。」 「どうしてあんたはそう下品なんだろうね。あんたなんか石より生きてないよ!」 「いや、それにしてもどうも納得がいかんな。」坊主が繰り返し言った。「もし鍾乳洞のつららが生きてるのなら、この施設の便器にたまっていくクソのカスも生きてることになるんだぞ。」 「木や花のことを考えてごらんよ。」瓜実顔の老婆が言った。「植物は水だけであんなに大きくなったり、きれいな花を咲かせたりできるんだよ。坊主さん、あんたは鍾乳洞に行ったことがあるかい?それはとてもきれいで神秘的なものなんだよ。あれが何万年もかけて成長してるって聞いたら、そのつららも生きてるって思ってもしかたがないと思うけどねえ。ロマンチックな話じゃないか。」 「そうそう、そういえばわたしの家にも鍾乳洞のつららが生えていたもんだよ。」眼鏡をかけた小さな老婆が懐かしむように言った。「お勝手口のあたりにね。あれはきれいなもんだよ。」 「あんたはいったいどんなとこに住んでたんだ?」白髪の男があきれたようすで尋ねた。 「普通の家だよ。」眼鏡をかけた老婆が臆病そうに答えた。 「鍾乳洞のつららは何万年もかけてしか伸びないんだ。わかってるのか?」 「でもあれはとってもふるい家だったからねえ。」
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木鳥 建欠
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