第196回
「わからんやつだな。おれは戦争の犠牲になったんだ。わかるか?」白髪の男は悲劇に出てくる登場人物のように身振りを交えて訴えた。「こんな不幸なこと他にあるか?自分の国で住んでりゃこんな羽目にあうことはなかったんだ。それがわけもわからんうちに、知らん国に連れて行かれて、会ったこともないやつらにナイフで腕をえぐられなければならないんだぞ。下手すりゃそのまま死んでたかも知れないんだぞ?これこそほんとうの不幸だろう?」 「それは不幸じゃなくてただの不運だろう?ただ運が悪かっただけさ。」 「なんだって?じゃあ、あんたのも不幸じゃなくてただの間抜けだよ。他人の金を使い込んじまうようなバカな男に引っかかっただけの間抜けな話じゃないか!」 ラジオでは次の質問に移っていた。次の質問は小さな女の子からのもので、鍾乳洞にぶら下がるつらら状の石についてだった。この女の子は最近両親に連れられて鍾乳洞に行ってきたのだが、そのとき天井から生えているこのつららが何万年もかけて『成長』していると教えられた。つららは、石灰を溶かした水がつららの先からしずくとなって落ちる時、微量の石灰を残して落ちることで少しずつ成長していく。そしてその量はきわめて少なく、女の子の小指のつめくらいの長さでも伸びるためには数百年の時間が必要とされると聞かされた。そこでこの女の子は『鍾乳洞のつららは生きているのか?』と質問してきたのであった。この女の子もご飯を食べて成長しているように、鍾乳洞のつららも植物のように水を飲んで成長しているのではないか、というのが女の子の質問の内容であった。番組の相談員は質問を相づちをうちながら聞き終えると、この質問に答えるには『生』と『死』の定義をもう一度考え直さなければならない、と答えた。
0 Comments
Leave a Reply. |
木鳥 建欠
|