第195回
「ここを見てみろ、ここを!」白髪の男は左の腕の袖をまくりあげて、稲妻のように刻まれた傷を見せながら大きな声を出して言った。「この傷が見えるだろう?これはおれが戦争中捕虜になったときに、拷問にあってこんな傷をつけられたんだ。もともとおれたちは軍の最高機密の作戦で敵陣深く潜入していて、ある部族の家に潜んでたんだが、そこの部族の誰かが密告しやがったんだ。」 「なにが『最高機密』だよ!どうせ昼寝でもしてて置いてきぼりにされたんだろ?だいいちそんな大切な作戦にどうして部族の家にやっかいになる必要があるんだ?」 「うるさいな、おれはただ命令に従ってただけで細かいことは知らんよ。なんにしてもおれは敵に捕まって、どんな理由でその部族の中に潜んでいたのか、おれらの軍の作戦内容を説明しろとせまられたんだ。でもおれは言わなかった。どんなことされたって、一言も口を聞かなかった。そりゃひどい目にあわされたさ!血の小便が出るまで蹴られたり殴られたりしたからな。あいつらの狂人じみた顔は忘れることができんね。はっきりと今でもおぼえてるよ。この傷を見るたびに思い出すんだ。そしてどんなに痛めつけてもおれが何にも言わないから、しまいに焦ってきたんだろうな。そいつらの中でいちばん意地の悪そうなのが興奮してテーブルにあった肉切り用のナイフを片手に登場したんだ。おれはもう覚悟したね。そいつの両目が血走ってて、キツネみたいにつりあがってたんだ。」 「ほんとうに殺されたらよかったんだよ。」 「でもほんとうに殺されるところだったんだよ!そいつ気が狂ったみたいにナイフを振り上げておどりかかってきたんだから。体は縛られてたけど、かろうじてそいつの攻撃をかわしたんだけど、ここのここんとこにナイフを突き刺されてね。」白髪の男は自分の傷口を指差しながら言った。「それから豚でも解体するみたいにぐいぐい骨にそって切りやがった!痛くて痛くて気を失いそうだったよ。」 「うそばっかり!」 「うそなもんか!」 「じゃ、どうして豚みたいに解体されなかったのさ?」 「されかけたんだ。でもすんでのところで、そいつは同僚のやつらに止められたんだ。」 「どうして?」 「知るもんか!おそらくおれに死なれたら必要な情報も聞けなくなるからだろう。」 「それでその話のどこが不幸なんだい?」瓜実顔の女は侮蔑の色を浮かべながら言った。「ただ腕に怪我しただけの話だろう?あたしの方がよっぽど不幸じゃないか。」
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木鳥 建欠
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