第19回
二人は、娯楽室へラジオ番組を聴くため、部屋を出た。この建物で行われる午前中のスケジュールのひとつだった。大半の建物の住人が娯楽室に集まり、寄り添いながらラジオ番組を聴く。しかしこれは集まるための名目であって、番組を聴くのを目的としてはいなかった。一人になるのを極端に恐れたここの住人は、お互いに集まれる口実を作りたがった。住人達は孤独を爬虫類のように恐れていた。一人でいると世界中から見放されたような気になってしまうが、話し相手がいると気を紛らすことができるからだった。だから毎日毎時間、就寝の時間まで、一人でいないでいられるようなスケジュールを作った。一日を分割して通過点を作り、それをひとつずつこなしていくと、最終ゴールの就寝までいつも誰かと過ごせるよう工夫されていた。こうして動けなくなるか、死ぬまでの日々をだましだまし過ごしていたのだった。 かといって、番組を全く無視していたわけでもなかった。住人には番組の内容はそれなりに刺激的だった。これは子供の相談を受ける番組で、子供の視点から見た世の中で、疑問に思ったことなどを相談する番組だった。もちろん子供の疑問を解くのが目的にあったわけではなく、その子供の無邪気な疑問を楽しむのが目的であった。酸いも甘いも味わい、人生の裏も表も見てきたここの住人達は、子供達の質問を聞いて干からびた魂を潤していた。 駅長と坊主が娯楽室に向かう途中、玄関で今到着したばかりの、黒いコートの男を見かけた。廊下の陰からは、新しく入ってきた男を観察するために、幾人かが恥ずかしそうに物陰から男を窺っていた。 「あの部屋だ。こないだ空いたあの部屋にさっそく入ったんだ。」ある男が言った。 「あの部屋は回転がはやいからなあ。」別の男が皮肉げに言った。 「きっとあの男ももうすぐにちがいないよ。」歯の抜けた女が言った。 「奴の顔を見りゃわかるさ。」鼻の横にいぼがある男が言った。「もう半分行きかかってるじゃあないか。」 玄関では帽子が男の引渡しを、付き添いの者達から受けていた。帽子は小さな目をぱちぱちさせながら、付添い人が交互に行う報告を受けていた。 「年齢不詳。」付き添いの一人が言った。 「住所不定。」別の付き添いが言った。 「名前はうそつき。」 「性格はいたって従順。」 「しかしやや盗癖の難あり。」 「老衰による内臓の機能低下以外はいたって健康。」 「前歯と奥歯の損失。」 「歯に強い圧力を加える食糧は不可。」 「やや歩行に難あり。」 「右足の裏に魚の目あり。」 「左わき下にどんぐり大の肉腫あり。」 「視力は劣悪。」 「しかし眼鏡不携帯。」 「右目は過去に強い打撃を受け、涙腺を損傷。」 「本人いわく、右目からは涙が出ないそうです。」 「ひ、ひ、ひ。」 「それから…。」 「睡眠時に薬服用。」 「糞尿については薬の必要なし。」 「以上。」 「以上。」
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木鳥 建欠
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