第16回
ふと、遠くに人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。三人ほどが横に並んでゆっくりと歩いている。真ん中の人間は、地面に擦れるくらいの長く黒いコートを着ている。両側の人間は、黒コートの両わきを支えるようにして歩いている。三人は途中、何度も立ち止まっては空を仰ぐ。十歩と歩きつづけることはできない。止まるつど、両側の人間は黒コートに何か話し掛ける。おそらくあたらしい入居者が来たのだろう。そして駅長は、三日ほど前に駅長の部屋の斜め向かい─坊主の部屋の向かい─が空いたことを思い出した。 この部屋はどういうわけか住人の回転がはやく、皆からこの部屋に入ることも触れることも避けられるほど嫌われていた。多いときには、年に三回もその部屋の住人が代わることがある。長くても、一年と持たなかった。そしていつも滞りなく、新しい住人がどこかから連れてこられ補充される。まるでこの部屋の未来の住人は、一列に並んで死ぬために入居するのをどこかで待っているかのような印象を与えた。 皆はこの部屋は、このあたりにたくさん棲息する狐に呪われていると噂しあっていた。むかしある狐が女に化け、この部屋の住人の世話をしていたらしい。その姿は細く、敏捷さと狡猾さをうかがわせるものがあり、さらに体からは獣の匂いを発していたという。当時この部屋に住んでいた男はそれとは知らずに、この人間に化けた狐にその身の世話をまかせていた。といって、特別な事をさせていたわけでもなかった。駅長の部屋に来る帽子と一緒で、着替えの世話をせたり、散歩についたり、入浴の手伝いなどの最低限なものである。しかしこの部屋の周りの住人は、女の不気味さに気付き始めていた。まず匂いがおかしいのと、壁越しに聞こえてくる女の声が、かぼそい獣の鳴き声に聞こえたからであった。そしていつも日暮れ前には、急ぐようにどこかに消えてしまう。気味悪がった住人達は、男に女の怪しいことを告げたが、男は別に頓着する様子もない。意を決した住人達はある日、女の背中に糸を附け、その糸をたどって女がどこから来るものか突き止めようとした。夕暮れ、急いで帰った女の後を、糸を手繰りながら住人達がつけて行くと、はたして糸は建物の裏の森の中に入っていく。こわごわ辿って行くと、あたりは赤い夕陽も厚い葉で遮られていて薄暗い。しばらく進んでいくと、糸はある地面に掘られた小さな穴につながっていた。物陰からかくれて見ていると、その穴にはたくさんの狐が出入りしている。皆はあの女の正体の狐だったことをつきとめ、大急ぎで建物まで帰って行った。そして住人達は、この薄気味悪い狐を退治することに決め、翌日またこの巣穴まで戻って来ると、穴に油を注いで燃やしてしまった。以後女は姿を見せなくなったが、狐が来なくなった部屋の男はまもなく、枯れるように死んでいった。そしてその部屋には、狐の匂いが漂っていたという。
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木鳥 建欠
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