第130回
こうして王は陸に近づくことも離れることもなく、無為に同じ場所にとどまるはめになったのであったが、この場所で豊富に獲れる鳥からある希望を見出すことができた。いままで王が捕獲してきた鳥の胃袋には魚しか入っていなかったのだが、ここで捕獲する鳥からはまだ消化されていない昆虫が混ざっていたのである。そこには王にとっても幼少のころからの馴染み深い虫もいた。王は昆虫を摘み上げると、確かに近くに存在している大地の匂いを嗅いだ気がした。この虫が鳥についばまれるまで六本の足で歩いていた懐かしい大地を想像した。王にとってこの事実はたしかに喜びでもあったのだが、同時におそろしい苦しみでもあった。せめて漂流さえしていたら、陸に近づいていける可能性もあるのだがここにいる限りは、陸から離れることはなかったがそこにたどり着くこともなかった。ほとんどの鳥は太陽の沈む方向から飛んできていた。その向うに王の復活を約束する陸があるようだった。「わしはあの方向にすすまなきゃならんのだ。」王は夕刻、天井に座って太陽の沈むのを眺めながらつぶやいた。「どうしてもわしは戻らなきゃならんのだ。あともう少しなんだ。ぜったいに生きて帰るんだ…。」 王はしかし渦にとらわれたままで、いつまでたってもそこから抜け出すことができなかった。ここでは魚も鳥も充分に獲れた。しかし囚人にとって獄中での豊富な食糧より寒くても外の自由を求めるように、王にとってはなぐさめにならなかった。鳥の中から虫を見つけるたびに王の胸は高鳴り、鼻先にぶら下げられた自由に身もだえ、狂おしさが増すのであった。苛立たしさはつのり、夢中になって大地を求めた。はげしく感情が起伏する王の内面とは反対に、王のまわりでは単調な日々が続いた。獲物を獲り、加工するだけの日々が続いた。雨の日は仕事を休んでバターと退屈をしのいだ。イカリを降ろしたように釘付けにされたこの一点からは海と空しか見えなかった。たまにこの平坦な風景に変化が起こった。それはこの渦にまた別の部屋が流れ着くときであった。そんなとき王は部屋の中に隠れ、その流されてきた部屋に住人がまだ生きているかどうか見極めようとした。しかし生存者はひとりとしていなかった。皆与えられたパンだけ食べて、飢え死んでいるようだった。おそらく王から王権を奪ったあの男は、王の失脚後もまだこの刑を行使しつづけているのだろう。生意気なやつめ。王は毒づいた。大きな権力を得て大きな勘違いをしておるのにちがいない。やつにはふさわしくないちからなんだ。人には分相応というもんがある。虫けらには虫けらの人生がふさわしいのだ。だからやつには…。
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木鳥 建欠
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