第128回
その後幾日も王の部屋はむなしく周回しつづけた。王の予想したとおりその円は時とともに小さくなり、やがてその中心にたどり着くことになるのだろう。 その中心で浮かんでいるものもはっきりと識別することができるようになった。それはむかし王が砂浜から何百と送り出したうちのいくつかの部屋だった。ここは部屋の墓場だったのである。何百のうちのいくつかは大海をさまよっているうちにこの潮に乗り、この渦に巻き込まれたのだろう。そしてそこに王の部屋もゆっくりと近づいていっていたのだ。王はすこし不安になった。まだあそこには生きている人間はいるのだろうか?もし複数いるとなると、王に気づけばどんな目にあわされるかわからない。ここまできて、むかしの受刑者に復讐されるかもしれない!逃げ場はない。やつらにとったら、格好の憂さ晴らしとなるだろう。逃げ場のない刑場に引かれていくように、吸い込まれていく。とっさに武器として使えそうな加工された鳥の骨を探す。でももしかすると長時間にわたる漂流のせいで風貌が変わったので、王を王と気づかないかもしれない。じっさい、先日この部屋に助けを求めにきた男は、王がみずから名乗り出ても王と判別することはできなかったではないか(もちろん、その男は溺れていてそれどころではなく、冷静に王の顔を観察することはできなかったが)。 部屋の内側から息を殺して観察してみたが、どうもあの渦の真ん中に集まっている部屋では人の動く気配がない。少なくとも、だれも天井に上がって、魚を加工している者はいない。まだあの渦の中心にたどり着くには数日かかると思われたが、王の予測はやがて確信に変わっていった。あの部屋には、誰も生きている者はいないだろう。やつらはみんな、この過酷な条件下で生きていく術を見つけられなかったにちがいない。そうだ。よく考えてみれば、やつらにわしがいま行っているような生きていく知恵があるはずがない。どうせやつらは部屋のなかで失望し、わしを呪い、自分の人生を憐れんで何の抵抗もせず死んでいったのだろう。わしには想像できる。やつらはどうせ自分で道を切り開いていく力がなかったのだ。やつらはあてがわれた自分の運命に押しつぶされるしかなかったのだ。ク、ク。 王はその渦の中心に、ある真夜中たどり着いた。王がうつらうつらと眠りかけ油断していたとき、突然部屋に大きな衝撃と音が響いた。バターは羽を広げて騒ぎ出し、王はすぐに飛び起き、武器にするつもりだった骨をつかんで身構えた。暗闇のなかでいつ闖入してくるかわからない外敵に対して耳をそばだてた。部屋の壁と壁がこすれる音と、波が部屋にぶつかる音のあいだになにか不審な音がまぎれていないか、誰かが王の部屋に擦り寄ってくる音がしないかどうか聞き耳をたて続けた。結局だれも入ってこなかったが、王は陽がのぼりあたりが見えるようになるまで油断しなかった。
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木鳥 建欠
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