第126回
「きさまみたいなやつがわしに何を教えることができる?きさまがわしに教えられることは、この世の中にひとつもないんだ!」 「おい、あんた!おれはあんたの敵じゃあない。信じてくれ。おれたちはあの憎い王のおかげでこんな目にあってるんだ。あの王にやられた、ということではおれたちは仲間じゃないか!」 王は何も言わずに男の顔を少しのあいだ見つめてから言った。 「わしがその憎い王さ。」 「何を言ってるんだ?」 「わしがおまえを海の真ん中に放り出したんだ。忘れたか?」 男はまた波のおさまった海面に漂いながら、王が何を言っているのか理解しようとした。 「でも…、王ならこんなとこにいるはずないじゃないか?」 王はそれには答えずまた部屋に戻ろうとした。 「待った!待ってくれ。わかった。じゃあこうしよう。おれをあんたの奴隷にしてくれ!なんでもする。あんたは部屋で寝てるだけでいい。おれがなにもかもすべて調達してきてやるから!」 「そう、それがわしときさまのちがいさ!魂まで売って命乞いする情けないやつめ!きさまなんか生きる価値もない。」 「ちょっと、たのむ。そんな、ひどいじゃないか。放っておかないでくれ!あんたには血も涙もないのか?憐れんでもくれないのか?」 「ああ!」王は大袈裟に手を振って嘆いてみせた。「こいつもあの毒におかされておる。憐れみだと?きさまにか?わしを誰だと思ってるんだ!」 そして王はもう二度と振り返らないで部屋の中に帰っていった。背後から男の最後の叫びが聞こえてくる。 「待ってくれ!お願いだから…。」 男の声はその後も部屋の壁を通して聞こえてきたが、王はもう返事もしなかった。何度か男は壁をたたいていたが、時間とともに弱まっていき、声も遠のいていった。そして王が干した魚を食べ終えたときにはもう風と波の音しか聞こえなかった。 この事件は、王に自信を与えた。自分を、生きていくべき人間と再確認させてくれた。いずれは陸地にたどり着けるような気がした。 その後も王は陸地を探しつづけた。歯がゆかったのが、自分がいまどの方向にどのくらいの速さで流されているのかまったく見当がつかないことだった。もちろんわかったところでどの方向に行けばよいのかわからなかったろうし、わかってもその方向にすすむ術もなかったのだが。しかし王は驚異的なねばりを出して、陸地を探しつづけた。ふつふつと湧いてくる怒りを燃料に、あきらめることをしなかった。毎日最低三度は部屋の外に顔を出し、もしかすると見えているかもしれない陸を探した。そしてある日奇妙なものを見つけた。 そのとき王は、ある速い潮の流れに流されていた。この潮は海面を見るとひと筋の太い帯のように濃い水の色をしており、ひとたびこれに乗ると川を下るように部屋が流され始めた。それによって部屋は不安定に揺れだしたが、この潮の上での漁はいつでもすばらしい大漁にみまわれた。そしてその日たくさんの魚をすくい、バターに残りの魚を与え忙しく作業をしていたとき、手を休めていつものように天井から顔を出して外を見ると遠くでなにかがひとかたまりになって集まっているのが見えた。それはあまりにも遠く識別することはできなかったが、ごつごつといびつな形をしていた。しかしそれは自然界のものではなく、人工的なものであることは離れていてもうかがうことができた。数時間の後もう一度部屋から顔を出してみると、やはりなにか遠くのほうで固まりあっているのが見えた。そしてそれは先ほどよりもはっきりと見えているような気がする。どうやらその方向に向かって近づいているようだった。
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木鳥 建欠
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