第121回
王は懐かしそうにつぶやくと、吸い終えた卵のからをくしゃくしゃにつぶしてばりばりと食べだした。そして自分の小便が少し混じった水を口にふくんで、ゆっくりと染み込ませるように飲みこんだ。バターはおとなしくそれを見ていた。そして王はため息をついた。穴のあいた天井から青い空が見え、なまあたたかいが新鮮な風が吹き込んできた。部屋はうすい波にゆりかごのように揺れていた。 「おふくろはわしをよく床に突き飛ばしたり、鞭でたたいたりしたもんだ。それもまったくの無表情でな。『ぜったいに弱音ははくな』ってよく言われたもんだ。『弱音をはくやつは、弱い人間だけだ』って。『おまえは弱い人間になる人間じゃあないんだ』ってな。そしてわしが十歳くらいになったときおふくろがわしの部屋に十人くらい子供を連れてきたことがあったんだ。そいつらはみんなそのあたりの小さな通りで遊んでいた町の小汚いやつらなんだが、突然むりやりにわしの王宮に連れてこられたもんだからお互い不安そうに目を見合わせておどおどしておった。みんなわしと同じくらいの歳でな。なかにはわしよりも体の大きなやつもいたんだが、いったいこれから何が起こるのか想像もつかなかったんだろう、ぶるぶるとおびえておったんだ。わしにも何がおこっているのかまったくわからんかった。するとおふくろが何の合図もなしに細い鞭を振り上げたかと思うと、一心にこの子供たちを殴り始めたんだ!まったく容赦呵責もなかった。子供たちはわけもわからず恐怖にかられて悲鳴をあげて、ひとかたまりになって部屋の隅に追い込まれたんだが、それでもおふくろは手を休めなかった。さんざん殴るだけ殴って、子供たちが恐怖と痛みで立ち上がれなくなると、急にふりむいて、今度はわしのほうに近寄ってきたんだ。そしてその手にもった鞭をわしに振り上げた瞬間、わしにはもう何が起こっているのかすべてはっきりと理解した。なぜわざわざおふくろがみすぼらしいこの子供らをわしの目の前で打ちのめしたのかわかったんだ。わしはとっさに『この鞭から逃げたらだめだ』と思った!『こいつらみたいに臆病になったらだめだ』って自分に言い聞かせながらおふくろの鞭をがまんしたんだ。わかるか、バター?わしはあんなやつらと同じじゃないんだ。わしにはもっと高貴な血が流れておる。わしはやつらと同じじゃないんだ!そのときわしは骨のずいまでわかったんだ。何かがわかるか?それは弱い人間はどのようにして生きているか、さ。やつらは恐怖に支配されて生きてるんだ。やつらは何に対しても立ち上がることができないんだ。のしかかってくるものに対して、ただただかたまりあってこわがるしかできない。そしてあのときあんなにも自分が高貴に感じられたことはなかったな。民衆とはっきりと一線を引けたことがうれしくてならなかった。おふくろはあれでわしがどういう種類の人間なのかを教えてくれたんだろう。」
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木鳥 建欠
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