第119回
「いいか、みてろよバター。」王は作業をつづけながらバターに話しかけた。「いずれはあの男を、このわしをこんな境遇に落としいれたあの男をひねりつぶしてやるからな。わしから奪った場所から引きずり落としてやる!わしをこんな目にあわせやがったんだからな、覚悟するがいいさ。まさかまだわしがこうして生きているとは思わんだろう!まあせいぜいいまのうちだけ安穏と暮らしてればいい、ク、ク、ク。おまえにもやつの無様な姿をみせてやるからな、バター!ひどい目にあわせてやるんだ。少なくともわしのいまの苦しみは味わってもらう。なにがいいかな?やつの自慢の娘を目の前で引き裂いてやるのもいいかもしれん。へ、へ、へ。高慢ちきな娘でな。自分の容姿をいつも鼻にかけてるようなあばずれなんだ。わしがまだあの台座に座っていたときは、しきりにわしに色目なんか使っておったが(まあわしは目もくれてやらなかったがな)、立場がかわるととたんにわしをあざけるようになりやがって…。そうだ!父娘ともども素っ裸にして市中引き回しにしてやってもいい。ハ、ハ。市場のど真ん中にふたりともおりの中に入れておくのもおもしろいかもな。それからそうだな、あの男をうしろから操ってるあの汚らしいババアにもひとあわ吹かせなきゃならん。妖怪のように太ったババアだから、生きたまま豚どもにその贅肉を食らわせてやろうか?それともそうだな…煮え湯でも飲ませてやろうか、なあバター、どう思う?ク、ク。必ず後悔させてやる。そしてそれまでわしは絶対に生き延びてやるんだ…。そうだ、バター!わしがもとの地位に戻ったあかつきには、お前を大臣の位につけてやるぞ。心配する事はない。反対するやつらはすべて追っ払ってやるから。そしてお前の好きな魚を毎日いやというほど食わせてやる。」 バターは一人ぼっちで暮らしてきた王の話し相手になっただけではなく、ときおり与えられた自分の巣で卵を産み、王に栄養の補給もした。そんなとき王は大喜びで、さわぎたてるバターから卵をとり上げ、丸々とふくれたその腹に小さな穴をあけて、そこから黄身を吸い出しながらうれしそうにまたバターに話しかけた。そんなとき王は、いままで誰にも話したことのないような、王のナイーブな内面についてまで話した。じっさい王はこの刑で国から追い出されるまで、いっさい自分のことについて打ち明けたことはなかった。もちろん自分と同じ目線で話し合える相手がもともといなかったということもあったのだが、たとえいたとしても王は決して自分の悩みや奥底でうごめいている感情など表にださなかったであろう。王がまだ王であったとき、その口から発せられる言葉はほとんど他に下す命令だけでしかなかった。そのいちにちは「たらいを持ってこい」「上着を持ってこい」「朝食を持ってこい」で始まり、そして「今晩はあの女を(寝室に)入れておけ」「(女に向かって)もうさがっていい。部屋から出るときには灯りを消しておけ」という命令で終わった(王は誰にも自分が眠る姿を見せるのを好まず、眠るときは必ずひとりで眠った)。執務中も助言を求めることはなく、ひたすら命令を下すことで終始し、必要でないこと以外はめったに口にしなかったし、たまに難しい決断に迫られるとおもむろに執務室にある大きな窓まで歩いていき、そのとき吹いている風の向きによってその決断を下したりした。王は気に入って何度もその寝室に迎えた女にさえ、命令以外で言葉を交わそうとしなかった―「もっとあごをだせ」「腰をあげろ」「なにをためらってるんだ。早くこれを開けろ」。たまにだす王の怒りの感情も、内面の発露と呼ぶよりも反対に自分がどう思っているのか隠すためのものだった。悲しみもよろこびも、憎々しい皮肉な笑いとそれに続くおそろしい形相で王の内面の奥底にしまいこまわれた。
0 Comments
Leave a Reply. |
木鳥 建欠
|