第101回
こんなにも王は弱気になったことはなかった。宮殿中の大臣すべてが反対することでも眉ひとつ動かすことなく、また独善的な人間がふと周りを見回したときに心を通わせて語り合える友を求めるようなひと恋しさを感じることもなく、なんでも勇猛なイノシシのように政治をつかさどることができたものだった。国旗のもようを変えるときもそうだった。それまでは国獣として国のなかで崇高な力を保有する動物とあがめられていたワシがそのシンボルとして国旗に描かれていたのだが、王が自分で見たこともない、まして他国のうわさとして聞いただけの、鯨くらいもある巨大な火を吐く野獣に魅せられ、勝手にそのデザインを作成させ、保守的な大臣はおろか、国中が反対するなか強引にその国旗を変更したこともあった。そのとき涙ながらに訴え、願いを聞いてもらえなければ辞職するとまで迫った大臣もいたし、王の宮殿の前で数百人が集団自決して血の川を流しその強固な意志を見せつけたりしたのだが、王は冷や汗ひとつ流すことなくこの大臣を退け、宮殿の前に転がった数百の死体をかたづけさせた。そんな時、王は強がりではなく、幼い子供が夢のような世界を疑うことなく信じるように、自分の力を信じてこう言った。 「わしはこの国での最高権力者なんだ。わしがすべてを決定して、おまえたちはそれに従っておるだけでいいんだ。黙ってわしがこの国をつくるのを見ておけ!」 また王は民に好かれようと努力したこともなかった。王である限り最高権力者であると信じていた王は、民衆に好かれようが好かれまいがあまり気にしなかったのだ。だから王の行政は民のために施行されたものはひとつもなかった。もちろんだからといって、好んで民を滅ぼすようなこともしなかった。ただそれらが民のために配慮されたものではなかった、ということだけなのである。王の行政に対する努力はすべて『国』という抽象的なものに注がれていたのであった。国民あっての国ではけっしてなく、国あっての国民なのであった。そしてその国の権化が王なのであった。 「わしのおかげでおまえらは生きておれるのだ。わしのおかげでおまえらは飯が食うことができるんだ!」 王はよく大臣たちと大きな長いテーブルで食事をしているとき、思い出したようにこぶしを振り上げながら叫んだ。こんなとき大臣たちは自分の存在を消すように、音も立てずに食事をつづけた。
0 Comments
Leave a Reply. |
木鳥 建欠
|